聴く側と唄う側

家までの歩く道で考えてたことを書きます。

今月は色んなアーティストのライブに行って、色んなアーティストの歌を聴きました。

どのライブも素晴らしくて、心がぐっと熱くなって終わっても余韻が冷めない 、歌から受け取った色んな感情がしばらく収まりきらない感じ。

観る側として改めて思ったこと、インディーズとかメジャーとかこんなにも関係ないのだなと。

武道館でのたくさんの人の中での言葉達も、小さなライブハウスでの言葉達も変わらなく大きな力をくれました。

歌、言葉、想いを受け取る時、その置かれた環境は最早どこでも良いのだと思ったのです。

自分は演奏する側の時に、その1番大事なことをちゃんと大事にできているかな、と考えながら帰りました。

以前こんなことがあったことを思い出しました。

そんなに前の話でもないあるライブの日、
小さなバーで弾き語りをさせてもらいに行きました。

演奏してる時店内は色んな話で皆さん盛り上がってて私の歌なんて多分かき消されて少しも届かなかったし、特にボリュームも上げなかった。
こうゆう状況に慣れていない訳でもなかったけど少し凹んだので、予定より曲数を減らして終わりにした。

でもそんな中でも聴いてくれた人がいて、
最後静かに帰る準備をしてる私にフライヤーを下さいと言ってくれた人がいました。

その瞬間に私は、聴いてくれてた人がいたならもっとちゃんと歌えばよかったと後悔したのですが、それと同時に、環境に左右された自分に嫌気がさした。

そこから、どんな場所であってもどんな環境であっても聴いてくれる人がいるかもしれないから私の持てるものは全て詰め込んで全力で歌おうと決めたのです。

この時の気持ちを何時でも忘れずに、何を1番大事にしたいのか見失わずに、色んな場所へ歌いに行きたいな。

あれ、もう朝になりそう。
詩央里は今日も歌いに行きます( ¨̮ )

読んでくれて、ありがとう。