独りを選んだ日から今日まで

小さい頃、とても社交的で知らない人でも自分からどんどん話しかけるような子供でした。
とにかく人が好きだった気がする。

ある時期からそれが大きく変わって、
何があったとか何が苦しかったとか思い出すのも面倒だけど、独りでいることが心が1番平和でいられたから、特に人と人との繋がりとか全く興味が無くなった。
というより、人との繋がる中では私の必要なもの、欲しいものが全く見えなかったから特にもういらなかった。
だから、本当に大切だと思うもの以外は全部自ら無くしたと思う。
大切だと感じる数少ない人は私が勝手に大切だと思ってれば十分でした。

ただ歌うことは好きだったので、練習はずっとしてた。それなりに人前で歌う機会もあった。

数年前から音楽によって出会う人が増えた。

心に刺さる言葉をうたう歌い人、音楽が好きでたまらない人、心地良い音を魔法みたいに作り出す人。

独りでいることを選んだはずなのに、
また、人と繋がることが楽しく感じるようになってしまった。
それぞれの人が今まで生きてきたものがそのまま音になって表れてる感じがもうゾクゾクした。

歌う人、演奏する人、音楽を感じることが好きな人。今は大事にしたい仲間も素敵なうた歌いの人も何人も頭に浮かぶ。
今も変わらず独りでいることも好きだけどね。

そんなこんなで26歳にもなって、まだまだ歌っている私だけど、もう遊びでやってるつもりもないし、本気で向き合っているつもりです。まだまだだけど。

こんな無名な私の作った歌たちだけど、誰もが幸せだけでは生きられない人生、誰かの苦しいとか悲しいとか心の痛い時間に、必要とされた時には隣に居て力になれるような歌を作り続けたいです。もちろん幸せな時間にも近くに居させてもらいたいけど。

歌の練習もギターの練習もその他の学びも全ては今やその為の手段でしかない。でもその為ならどこまでもやりたいと思っています。

お金がどうとか時間、人、在り方まで考えなきゃいけないこともたくさんあるのも事実なわけですが、それによって私がやりたい形を崩す必要があるくらいならその時はもうやらなくていいかなと思う。

どこに知れ渡ってる訳でもない詩央里歌を楽しみにしてくれたり、すぐ聴ける距離に置いておいてくれたり、わざわざ時間を割いてライブに足を運んでくれる人がいることは奇跡だと思っています。

インディーズだからこそなのだろうけど、曲を作り続けてて良かったと思えるような言葉を直接届けてくれたりする人もいる。

人生は簡単には変わらないけど、時間と共に変わっていくのは確かですね。