体と心、2人の自分

誰にでもあると思ってた感覚だったのだけど、
強い感情を覚えた時にふっと心が体を離れて1-2メートル先で自分を見てる感覚。
小さい頃の方が頻繁にあったけど、これはどうやらみんながみんなそうなる訳ではないらしいと最近知った。
なんならその現象に名前もあるらしい。

特に苦しい時になりがちだったけど、
思い返せば学生時代に仲の良かった人達から悲しい話とか嬉しい話は私にだけは時間がたってからされることが多かった。私が喜びすぎたり悲しみすぎたりするからと。
もっと小さい頃は、受け取る感情が大きいから刺激的な内容のテレビや映画は見せないようにと病院の先生から両親に言われてた。

感受性が豊かって言ってしまえばとても綺麗に聞こえるけど、当の本人としては怖い、悲しいを強く感じた後の数ヶ月は大変なことになってたし、ちょっとしたことなはずなのに場所を選ばず涙は止まらないし、喜びすぎて体からゴオオオオって音鳴ってるんじゃないかってくらい熱くなったりとか。
うんざりなくらい完全に感情によって振り回される体だった。
多分そんな大きすぎる感情に収めきれなくなった体が心をたまに追い出すんだろうな。
楽になるから。

私が作った曲で「明日の僕から君へ」という歌があるんだけど、この「僕」と「君」は同一人物で、僕と少しだけ離れた場所にいる君が、僕に向けて歌った歌なの。

社会人になってから感情受信機関である心のほとんどを家に置いて仕事に行ったり出かけたりすることが出来るようになった。
きっとこれが私の自分の守り方なんだろうと思う。

誰かが自分の元から去っていく姿を見送ることも、誰ふり構わず傷付けて歩く人ばかりの世界も、一瞬で無かったことにもなる大好きな人との関係も、傷つけたくない人を傷つけてしまうことも、苦しすぎた。

でもそんな苦しすぎる世界だと思ってたら、予想外な素敵なことも突然起こったりするわけで、こんな世界でもそんな悪いことだけでもないと思えたりもするんだけども。